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  3. 2018.10.5

Home故郷

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私が初めて日本に来てから今年で20年になる。この20年のうちの10年間を日本で暮らし、そのうち2年間をイギリスで暮らした。こんなに長い時間を故郷のニュージーランドを離れて過ごした。しかし、どこかを「故郷」にしているものは具体的には何だろうか?

ある国で「故郷にいる」感じがするということは、どの国に最も多く良い点があるか、ということだけではない。ニュージーランドと日本に住んで、いい経験もよくない経験もあった。とても礼儀正しい人にも、とても無礼な人にも出会った。暴力的な行為も見かけたが、親切な行為も見かけた。安全な感じもしたし、脅威も感じた。素晴らしい接客もあった―そして、衝撃的なほどにひどい接客にもあった。歓迎されている感じを受けたこともあるし、他の誰かから見れば私が変わっているために、恥をかかされたこともある。どんな国も一人の人間にとって完璧にはなりえない。

しかし、自分にとってどんな価値観がを大事かを発見する役に立つのは、良い人たちと悪い人たちの両方だ。私は、他の文化のもので自分が好きなものを暮らしに取り入れてきた。私は、自分の国の文化の物事にも新しいありがたみを感じてきた。文化間に共通する価値観を発見してきた。

「故郷」とは、「愛情のある場所」( 「Home is where the heart is.(故郷とは愛情のある場所)」ということわざに掛けている)以上のものであると気づくようになった。懐かしい感じがしたり、町や国にある全てのものを肯定的に感じられたりすることだけではない。「故郷」は、もっと良くなってほしいと思う―あなたのためだけではなく、まわりの人たちのためにも―ため、実際にはかなりもどかしいものになりうる。私にとって、「故郷」は、状況を良くするのに役立ちたいと思うから残りたいと思う場所だ。私は、地元の産業を支えたい。もっと多くの仕事をつくる方法や、地元の市民が発展したり、成長したりするのを助ける方法について私にはアイデアがある。私を支えてくれたり、私の発展と成長を手助けしてくれた人々がいる地域に今度は私が貢献したい。

私はマレーシアとイギリスにも住んだことがあるが、もっと状況をよくしたいと思う感覚が最も強いのは、ニュージーランドにいるときと日本にいるときだ。日本では、私のホストファミリー、友人、近隣の人々、地元の店主たち、レストランのオーナーたちが、私にとても多くのことを与えてくれた―そして、私はお返しがしたいと思う。私のホストファミリーは家族同然の人たちになった。私は長い休日があるときには、親と離れて暮らす日本人学生と同じように、ほとんどいつもホストペアレンツの1組を訪れる。

私の実の両親が最近私のところを訪れたとき、とても幼いときに母が私に言ったことを思い出した。母は私の足の裏にあった小さなほくろを指さして言った:「ほくろは、あなたがいつか故郷から遠く離れて暮らすだろうということを意味していると言われている」。母の言ったことが現実になったと思ったものだ。しかし、この原稿を神戸で打ち込みながら、さまざまな面で、故郷は全く遠くないと気づいた―実は私はすでに故郷にいると思っている。

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