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  3. 2018.10.12

AI is comingAIの時代

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夢から多くのことを学ぶことができる。死の夢からでさえも。そして、その死があなた自身のものである場合ですら。

私はそのような悪夢をこの間の晩に見た。誰が私を殺したかって?いつ、どのように私が死んだのだろう?それを言えたらいいのだけど、見当もつかない。私の潜在意識の心がこれらの答えを一つも明らかにしなかった。そのかわり、死んだ後で何が起こるかを私に見せることを(潜在意識が)選んだ。

私は私のことで妻と息子が嘆き悲しむだろうと予想した。しかし、そうはならなかった。実は、私の心臓が停止したまさにその時、別の私、つまり代わりの私が登場して自分に取って代わった。それは、人工知能に導かれた完全な身体的コピーだった。それは、私のすべての記憶をもっていた。私がした全てのことを知り、私の奇妙な癖を全部もっていた。家族や友人は私との関係を何事もなく続けた。別の私と、である。

非常にゾッとする話ではないだろうか?奇妙なことに、このこと全てが、夢の中では普通のことのように思えた。その世界、つまり、私の眠っている心によって生み出された世界では、このようにして人生を終えるのは私だけではなかった。誰もが、ある意味で、人工的な置き換えによって生き続けていた。

さて、私の潜在意識は私に何を伝えようとしていたのだろうか?確かなことは決して分からないが、警鐘を鳴らしていたのだと私は思いたい。昔からある教訓で、「何を望むかに気をつけなさい」ということだったのかもしれない。具体的に言うと、不死を望んではいけない、なぜならそれは多分こういうことになるだろうから、ということだろう。

あるいは、私の心はさらに幅広い意味で、人工知能について警告していたのかもしれない。アルゴリズムが既に、私たちに休暇の行き先について提案している。「昨年はマウイで、2年前は釜山でした。ヨーロッパへの便を予約しましょうか?現在、ベルリンとブダペストがお手頃です。」AIはまた、私たちのメディア消費についても決める。そして、「了解しました」「私もです」といった返事を提案して、事実上、私たちのEメールに返事をしている。これらはすべて、私たちがもともと自ら行なっていた作業であり、あるいは少なくとも、私たちのそばにいる人々の助けによって行なっていた。もちろん、私たちはいつでもAIに対して「ノー」と言えるが、どんどん改良され、私たちへの「助け」がさらに上手になれば、こうした申し出を拒否したくなくなったり、拒否する可能性が少なくなるのではないだろうか?

「ノー」と言う前に、皆さんの中で、ご自分のカーナビを切って、新たな知らない場所を運転することを楽しめる方はどれくらいいるだろう?やっぱりね。

AIは素晴らしい。便利だし、人生をラクにしてくれるし、私たちはそれを楽しめる。しかし、AIは生まれてから死ぬまで、そしてもしかするとその後も、私たちが行なうあらゆることに関わりたがっている。そして、私たちがそれを許せば、そうなるだろう。幸いにも、この脅威に気づくことは非常にたやすい。いずれにしても、私はこのことに気付いた。ある晩、目を閉じたままで。

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