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  3. 2019.8.23

Local spaces, local faces地元の場所、人

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郊外、都市部、田舎など、とても頻繁に引っ越しをしてきたので、近所の人にお別れを言うのに慣れている。しかし、ここ5年間は、どうにか同じ地域に留まっているので、少なくとも2つの地元で経営されているお店のよりも長く残ることになった。

1店目はお弁当屋さんだった。このお弁当屋さんで印象深いのは、昼食ではなく、むしろこのお店を経営している高齢の女性との短いおしゃべりだ。彼女は、私がほかと異なっているところに気を取られることはなく、人として私と知り合うことに焦点を当てていた。

数ヵ月前、小さな手書きの張り紙が、夫婦で経営されている人気の麺屋さんの窓に貼られていた。その張り紙は閉店を知らせていた。私は、この近所に初めて引っ越してきたときから、この店をよく訪れていた。他の常連客とも顔見知りで、私より先に店を出るときに「お先です」とあいさつしてくれる人さえいた。メニューに載っているほとんど全てを試し、店主たちはいつも私に辛抱強く漢字と料理の材料を説明してくれた。この麺屋さんが禁煙になったとき、私はさらにうれしくなった。私に会いに来た友人や家族をこの店によく連れて行って、みんないつも何かおいしい食べ物を見つけていた。その閉店で、私は驚くほど悲しくなった。

この悲しさは、地元の人々との交流を失うことから来ているのだと思う。人間は生来、社会的な交流に向いているので、近所の人たちやお店の人たちとのささやかな親しいやりとりは多くの意義がある。初めて東京に住んだとき、私の近所は主に私のような若い労働者でいっぱいだった。彼らのほとんどは、そこに長くはいないだろうから、わざわざ私にやお互いにあいさつをする必要はないと思っているように見えた。スーパーマーケットの帰りに、食料品を両腕いっぱいに抱えて歩いていたある日までは、とても寂しい気分だった。私が買い物に苦労しているのに年配の女性が気付いた。彼女は私を物理的に助けることはできなかったが、私に微笑みかけて、励まされるような「おかえりなさい」を言ってくれた。私はどうにか「ただいま」と返事をして、お礼を言ったが、本当にしたかったのは彼女へのハグだった。彼女のおかげで、居場所があると感じることができた。

小さな近所が次第にシャッターの閉まった建物、空き地、駐車場に変わってしまうのを見るのは――それが、私がそうしたお店でお金を使わなかったせいだろうと、使っていてもその額が十分でなかったせいだろうと――いつも悲しい。こうしたお店を失うことは、いつも、他者との何らかのつながりを失うことを意味している。高齢者の増加や社会的孤立の問題の高まりがあり、地元のコミュニティーには今、これまで以上に協力して、他者に手を差し伸べる方法を見つける必要がある。ほんのささやかな行為でも、大きな影響を持つことがある。

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