新型コロナウイルスのパンデミック中に、私が今いる場所へと導いてきた決断について、良いものも悪いものも、考える時間がたくさんあった。
5年前、私は自分が外国に住んでいる未来を予測していなかったが、疑いなく、最高の決断の1つは日本へ移ることだった。
多くの外国人は日本文化を経験するためや、日本で働いたり勉強したりするために日本へやってくるのかもしれないが、私の動機はそうしたものよりももっと複雑だった:ここへ来たのは愛のためだった。
私はブリティッシュコロンビア州ビクトリアで2016年にマイと出会った。当時、私は日本についてはほとんど知らなかった。
お好み焼きとたこ焼きの区別がつかなかったし、『ワン・ピース』とはポップグループだと思っていた。私の日本語の語彙は「ありがとう」と「こんにちは」に限られていた。
しかし、私は彼女のことが好きだと分かっていた。
そして、もし私たちの関係が続くのであれば、大きな決断をしなければならなかった。彼女には1年間のワーキングホリデービザしかなかった。
ビザが切れる直前に、彼女は私に一緒に日本へ来てくれないかと頼んだ。
それは難しい決断だったが、結局、私はどうすべきか分かっていた。
間もなく、私は大阪行きの飛行機に乗っており、市内の英語学校の半数に履歴書を送っていた。
(環境に慣れて)落ち着くのにはあまり困ったこともなく、すぐに日本の食べ物や文化、野球が大好きになった。
生活は良かったが、英語を教えることは向いていなかったので、カナダに置いてきたジャーナリズムの仕事へ戻ってみることに決めた。
私はジャパンタイムズの求人票を見て、彼らは私に東京へ面接に来るように頼んだ。全てが良い方向に進んでいた。
しかし、それは私が大阪と東京のライバル意識の力を認識した時でもあった。
衝撃的なことに、マイは東京には引っ越さないと断言した。東京はあまりにも混雑していて、食べ物はそんなにおいしくないし、人々は冷たくて、私の家族はここ関西にいるのだと彼女は言った。
私はとても驚いた。東京は本当にそんなに違うのだろうか? 彼女にとってそれはそんなに大きな変化になるのか? 彼女の家族はとても遠くなり、新幹線代はかなり高くなるだろうなと私は思った。
そこで私は気が付いた:私は彼女のために地球半周分も移動してきたというのに、彼女は私のために500キロすら移動しないと言うのか!
私はとにかく面接を進めることに決め、彼女の気が変わるか見てみることにした。
そして、ありがたいことに、この話には幸せな結末がある。
私はその仕事を得て、マイは東京に住んでみることに決めた。2年がたち、私はこの都市が彼女にとって愛着のわく場所になってきたように思う。彼女はいつだって心の中は関西女子だが、東京に関して彼女が大阪よりも気に入っていることもいくつかある。
彼女は東京に引っ越したことは彼女の最高の決断だったとさえ言うのではないかと私は内心思っている。