あなたが最後に誰かに手を軽く振ってあいさつしたのはいつだろうか? 最後に誰かに両手を振ってさよならを言ったのはいつだろう?もしあなたが私の大人の生徒たちのようであれば、もしかするとあなたは最近、オンラインでの英語クラスで最近そうしたかもしれない。
片手または両手を使って、こんにちはまたはさようならを言うために手を振るのは普通、直接会ってのあいさつか、子どもたちとの別れでのみ用いられる。しかし、ここ1年半で、私は他の多くの人々と同じように、こうした手振りをするようにも、されるようにもなっていた。オンラインで教えることは、私たちの行動の多くを変えてきた。
新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来、1日最低でも4時間、オンラインで教えている。その上、それと同程度の時間を、レッスンの計画を立てたり、仕事のメールに返事をしたりして過ごしている。この時間も全て画面の前だ。かつては、休憩時間にはスマートフォンで何か面白いことや、リラックスできることをして過ごしていた。しかし最近は、画面を見てばかりいるような気がする。
この画面の前の時間は、全ての人の肉体的、そして精神的健康状態に影響があるだけではなく、私たちの行動にも影響がある。私たちはみんなインターネットを通じてつながっているが、同じ部屋にいるのと完全に同じというわけではない。まだ何か足りないものがあり、それでみんなが手を振ることが増えているのだと思う―私たちはただちょっとした人とのつながりを欲している。
技術的な問題はさておき、オンラインで教えるときにはとても多くのことが失われる。まず、人の顔の表情で伝えられるものが失われている。私の生徒の何人かが同じ部屋からコールして参加するとき、彼らはマスクをつけたままなので、私には顔全体が見えない。生徒の表情を読むことができることは、クラスで使っている教材について彼らがどう感じているか感じ取るのに役立つ。それに、何かを発音する様子を見られることも大変役に立つ。
コミュニケーションを取るのに身体を使うことができることも、オンラインで教えるときのもう1つの重大な損失だ。私の手のジェスチャーは、かつては控えめだったが、今ではカメラに映るように腕を持ち上げない限り、見えない。私は、見えなくて困ることのないように、時々ボディ・ランゲージを大げさにしていることがあることに気付いた。話しているときに、よく動くタコのように見えてしまわないよう気をつけなければならなくなった。
オンラインで教えることの恩恵はたくさんあるが、私は教室に戻れることを楽しみにしている。胸から上ではなく全身の体験で言語を教え、学ぶことを楽しみにしている。それが可能になるときは、間違いなく、オンラインのクラスに惜しみながら別れを告げるだろう―たぶん両手を振って。