学生によるスタートアップ(新しいビジネスモデルによる起業)が注目される中、アメリカのHult Prize Foundationは、全世界の学生を対象とした起業アイデアコンテスト「Hult Prize」を毎年開催している。世界125ヵ国から年に200万人以上の学生が参加し、持続可能な社会事業を立ち上げようと挑戦している。最優秀アイデアには賞金として100万ドル(約1億円)の起業資金が提供される。今年は獨協大学の2チームが、海外の学生と競う国際的な大会に進出することになった。同大学生運営委員会の代表者と、勝ち残った2チームのリーダーに話を聞いた。
Facebookで届いた1通のメッセージから学生運営委員会を発足
「Hult Prize」の学生運営委員会代表の大隅菜摘子さん(中央)と、勝ち残った2チームを率いた井上慧太さん(左)、阿保利圭子さん YOSHIAKI MIURA
「ある日、Hult Prizeの日本事務局から、『Hult Prizeに参加しませんか?』というFacebookのメッセージが届いたんです。Hult Prizeは単なるビジネスアイデアコンテストではなく、グローバルな社会問題を解決するためのプランを全世界の学生から募るプログラム。私が普段、SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)の情報を個人的に発信しているのを、Hult Prize Japan(Hult Prizeの日本支部)の人が目にとめてくれたようです。メッセージを見て、『ぜひ、獨協大学からも参加したい!』と思うようになりました」と、フランス語学科に在籍する4年生の大隅菜摘子さんは話す。
Hult Prizeは、大学ごとに学生が中心となって開催するプログラム。大隅さんは仲間を集めて「学生運営委員会」を結成し、広報や開催会場の利用などにあたり、大学側の協力を仰いだ。「まずは、参加するチームを集めなければなりません。学内で説明会を開いたり、ゼミや授業でHult Prizeの紹介をさせてもらったり、学生の自主的な活動を応援してくれる獨協大学だからこそ、実現できたのだと思っています」。準備期間はわずかに3ヵ月と短かったが、17チームが集まり、2019年12月17日、同大の天野貞祐記念館大講堂で学内予選「On Campus Final」が開催された。審査員には、学生委員会が自ら交渉し、環境問題に関心の高い企業やNGOのスタッフがボランティアで集まった。
仲間を集めてアイデアを練り、オリジナルのビジネスプランを提案
経済学科4年生の井上慧太さんは、国際環境経済学科*の米山昌幸教授のゼミで、Hult Prizeのことを知った。「以前から地球環境問題に関心があり、ぜひゼミの仲間と参加してみたいと思いました。プレゼンテーションはすべて英語で行なうことから、運営委員会に紹介してもらい、ゼミ外から英語が堪能なメンバーも加わりました」。
井上さんは4人のメンバーと「STEP」というチームを作り、ビジネスアイデアを固めるためのブレーンストーミングを始めた。SDGsには17のゴールが設定されており、井上さんたちはそのうち「目標7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに」に焦点を当てた。「エネルギーを節約するために、人々に不便な生活を強いる『省エネ』には限界がある。それなら、『創エネ』でいこう、と考えたのです」。STEPが提案したのは、「発電する靴」。靴に発電装置と蓄電池を組み込み、歩けば歩くほど電力がたまるという仕組みになっている。「靴は誰もが履くもので、どんな人も発電に協力できる。社会的インパクトが大きいのではと思いました」。
国際環境経済学科4年生の阿保利圭子さんは、「Five Oysters」(5つの牡蠣)という3人のチームを結成。ベトナムで産業廃棄物となっている牡蠣の殻をリサイクルし、工業廃水によって汚染されている河川の水質を改善するシステムを提案した。「私自身、東南アジアの開発経済論を学んでいることから、ベトナムでの水質汚染の問題に対して興味を持ちました。牡蠣の殻には、水を浄化する作用があることが知られています。SDGsの『目標12 つくる責任 つかう責任』をテーマとし、ごみとなっている牡蠣の殻を再利用し、汚染水をきれいにすることができないだろうか、と考えたのです」。
見事に予選を通過、次なるステージ「Regional Summit」へ
学内予選「On Campus Final」の結果、井上さんたちの「STEP」が1位に、阿保さんたちの「Five Oysters」が2位に選ばれた。STEPは世界地区予選「Regional Summit」に進み、Five OystersもHult Prizeアメリカ本部での選考に通って、Regional Summitに参加できることになった。「2位だったときは悔しかったですね。アメリカ本部に申請すればRegional参加のチャンスがあることをOn Campus Final開催時に知り、すぐに応募しました」と阿保さん。
Regional Summitは3~4月にかけて世界22都市を拠点にオンラインで開催、その後7~8月にアメリカ・ボストンで「Accelerator program」と呼ばれる40チームによる5週間の研修があり、最後は9月にニューヨークの国連本部で「UN Hult Prize Global Finals」を開催、100万ドルを獲得する1チームが決定する。学生たちの活動を当初から見守ってきた米山教授は、「まさに学生主体の活動です。彼らが新しいことに挑戦しているのを見ていると、私もワクワクしてきます」と期待を寄せている。
井上さん、阿保さんは世界地区予選に向けてビジネスプランのブラッシュアップに余念がない。「当初は発展途上国での展開を考えていたのですが、審査員の方々などのアドバイスから、富裕層向けに靴を開発、得られた電力を途上国へ送るというビジネスモデルを考えています」(井上さん)、「メンターの方のアドバイスを基に解決したい問題の背景やビジネスパートナーなどを明確にし、より具体的な内容になるよう準備を進めています」(阿保さん)。
学生委員会を発足させた大隅さんは、現在Hult Prize Japanのインターンとして活躍中。「SDGsについてより多くの人に理解してもらい、学生も起業できるのだという認識を広めたいと思います」と抱負を語っていた。
(編集部追記)獨協大学の2チームは、残念ながらRegional Summitの突破はなりませんでした。
*「国際環境経済学科」は獨協大学経済学部にある日本で唯一の学科で、その英語名称は“Department of Economics on Sustainability”。「世界とつながる、次世代につなげる。(Connect yourself with the world, Pass on a better world to future generations.)」をテーマに掲げ、持続可能な社会の実現を目指し、地域社会や国際社会に貢献できる実践的な人材を育成している。
COURTESY OF DOKKYO UNIVERSITY
2009年、アメリカのHult International Business Schoolの一学生が、グローバルな社会問題を持続的に解決するビジネス創出の機会を、学生たちに与えようとしたことに始まる。
Hult International Business Schoolや国際連合、ビル・クリントン元アメリカ大統領らの協力を得て、世界的なビジネスアイデアコンテストに発展した(「学生のノーベル賞」とも称されるほど、権威あるイベントだ)。
学生たちが自発的に「On Campus」という学内予選を開催するところから始まり、日本からも毎年複数の大学が参加している。