2020年度からの「大学入学共通テスト」では、英語の試験でリスニングの比重がリーディングと同等になる予定であり、「読む」「聞く」「書く」「話す」の4技能を測る試験も、いずれ導入することが検討されている。高校生は、大学受験に向けてこれからどう英語を学んでいけばよいのか、また身に付けた英語を将来どのように生かしていくことができるのか、『最強英語脳を作る』(ベストセラーズ刊)といった著書を持つ脳科学者の茂木健一郎氏に伺った。
「ここ10年ほどで、世界の中での日本の位置付けや、英語でコミュニケーションを取ることの意義が大きく変わってきています」と、茂木氏は語る。「かつて日本は世界の中で経済大国として知られていましたが、文化的な成熟度が増し、海外の人々は日本固有の文化や、アニメ・マンガといった世界に通用するエンターテインメントに関心を持つようになっています。それと同時に、英語学習でも外国のことを英語で学ぶのではなく、日本のことをいかに英語で説明するかが重要になってきています」。
大学入試の英語長文リスニング・リーディングでは、最近社会の中で話題になっているトピックを取り上げることが多い。日本について語るニュースに数多く触れ、その英語表現を身に付けることで、受験に役立つ英語力を伸ばすことができる可能性が高い。
「current affairs(時事問題)を知るための英字新聞や英文雑誌記事は、やはり最良の教材です。社会の動きをリアルタイムで知ることができ、それをSNSで自ら発信することができます。以前のようにただ読むだけ、聞くだけというのではなく、双方向のコミュニケーションの機会があることが、今の英語環境の大きな特長です」。
日本の学校に外国人留学生が増え、大学に入れば、キャンパスで留学生と英語で語り合う機会がある。インバウンド旅行が盛んになり、外国人旅行者に英語で道案内をする機会もあるだろう。いまだかつてないほど、日本の中で、英語で発信する機会が増えているのである。
茂木氏自身、ツイッターなどのSNSを日英両言語で発信している。『The Little Book of Ikigai: The secret Japanese way to live a happy and long life』という、英語で執筆した著書もある。同著は日本語を含む29言語に翻訳され(日本語タイトルは『IKIGAI: 日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣』新潮社刊)、31ヵ国での出版が決まっている。
自らの経験も踏まえ、英語力を向上させるには、「やはりできるだけ多くの英語に触れることが大切です」と言う。茂木氏は高校生のときから『TIME』、『Newsweek』、『Reader’s Digest』といった英文雑誌を愛読していた。「小説を読むのも好きで、高校時代にペーパーバックを30冊は読んだと思います。『Anne of Green Gables』(『赤毛のアン』)や『The Lord of the Rings』(『指輪物語』)のファンでしたね」。
多くの英文に触れると、英文の構造が「パターン」として脳に認識され、文法を考えることなく、英語が自然に頭の中に浮かんでくるようになる。例えば、茂木氏があるとき自身のツイッターでin an era where people seek …(人々が…を追い求める時代に)という英文を書いたところ、「eraは『時代』なのでwhereではなくwhenが適切なのでは」という読者からの指摘があった。「理屈で言えば、確かにwhenが合っているんです。でも、確かめてみたところ、海外の著名なメディアでも、in an era whereという表現を使っている。数多くの英文記事を読んでいるうちに、僕の頭の中に自然にin an era whereという言い方がインプットされていたんですね」。英語でスムーズにやりとりができるようになるには、このようなパターン認識が欠かせない。
ボキャブラリーを増強し、リーディング力を伸ばす方法として、「分からない単語について一つ一つ辞書を引きながら読むのと、知らない単語は読み飛ばすのとどちらがよいでしょうか」といった質問を受けることがあるそうだが、その二つをバランスよく進めることが大切だ。「辞書を引いて単語の意味を覚えようとするときと、知っている単語から文の意味を推測して読み進めるときでは、脳の中の使っている回路が異なるのです。どちらか一つだけを使っていても、英語の理解力は伸びません。知らない単語についてすべて辞書を引くのではなく、重要と思える単語だけは辞書を引いてしっかり意味を覚えるようにする。また、理解した重要な単語の意味をつなぎ合わせて、文全体の意味を推測する。この繰り返しで、より速く正確に英文を読むことができるようになります」。
また、英語を読むことに慣れてきたら、英和辞典ではなく英英辞典を使ってみるとよいそうだ。「英和辞典を使うと、英語をいったん日本語に直してから理解することになり、頭の中で英語の回路から日本語の回路に切り替えることになります。これを英語の回路だけを使って理解することができるようになると、英語を読むのも、読んで理解したことを使って書いたり話したりすることも、ずっとラクにできるようになります」。
大量に読むことで自然な英語に親しむのと同様、リスニングやスピーキングの力を伸ばすために、英語の動画を多数見ることも推奨している。「YouTubeでイギリスのBBC放送やドイツの外国語放送DW Newsのニュース動画を英語字幕付きで見ることができます。各国の知識人が短いスピーチを発信しているTED動画もお勧めします。また、アメリカのトークショーやコメディードラマなど、笑いを取る動画に挑戦してみてはどうでしょうか。視聴者の笑い声が挿入されているので、内容が分かれば同じところで笑うことができる。笑えないと、『ああ、やはり自分には分かっていないんだ』と、すぐに気付くことができます」。
ニュースや映画に付いている日本語字幕も、大いに活用すべきだと言う。「日本語字幕が付いていると、日本語を読んでしまうので英語の勉強にならないのでは、という人がいますが、日本語字幕は、英語で話している内容を推測するのに役立ちます。いわば、自転車に乗り始めたときの補助輪のようなものです。慣れてくると、次第に日本語字幕を読まず英語を聞くだけで理解することができるようになります。自分が聞き取れているかどうか確かめるには、同じ映像を英語字幕で見てみる、次には字幕なしで見る、と段階を踏んで試してみるとよいでしょう。いつしか、自分が日本語字幕の力を借りることなく理解できていることに気付くはずです」。
茂木氏自身がそうであるように、海外との連携が欠かせない理系の研究者にとって、英語によるプレゼンテーションや論文の執筆は必須となる。日本人が書いた多数の英語の論文に触れてきた経験から、茂木氏は「日本人の英語には独特のクセがある。理屈っぽく、くどい英文になっていることが多い。やはり、英文を読む量が足りないのでは」と見ている。ネイティブに近い、より自然な英語が書けるようになるには、大量の英語を読んでパターン認識を行なうことが必要だ。例えば、100語程度の英文を書くことができるようになるには、1万語程度の英文を読むのが目安とされる。仮に入試で200語の自由英作文が出題された場合、2万語以上の英文を読んでおくといい。英文ニュースサイトなどの記事は、1ページ600~2,000語程度。日々こつこつと読み続けることで、英作文に必要な力が養われていくだろう。
ライティングの学習は一人では困難と思われがちだが、最近ではGoogle翻訳のような機械翻訳の精度も上がってきている。「すべて機械翻訳に頼るのではなく、参考にするために使ってみるとよいでしょう。また、最近は人工知能の能力も上がってきていて、人間が文章を入力すると、その後を継いで文章を続けてくれるという機能もあります」。茂木氏が紹介してくれた「Talk to Transformer」(https://talktotransformer.com/)は、人工知能を利用した文章生成システム。例えば、「I’ll tell you how to make a chocolate cake.」(チョコレートケーキの作り方を教えます)と入力すると、Now, before we get into the baking part, I must tell you that a chocolate cake is extremely easy to make.(さて、焼くところに入る前に、チョコレートケーキを作るのはものすごく簡単だとお教えしなければなりません)といったように続けてくれる。生成される文はその度ごとに異なり、ジョークも含まれているのでそのまま受験の英作文のお手本になるというわけではないが、自然な英文を書くうえでのヒントになるかもしれない。
アメリカのマルコム・グラッドウェルというジャーナリストは、「1万時間の法則」を提唱している。「どんな技能でも、エキスパートとなるにはそれを1万時間継続するべきであると唱えているものです。アメリカの歌手ビリー・アイリッシュは、故郷で音楽を作っていたとき、自分の部屋に『10,000 hours』(1万時間)という文字を掲げていたそうです。一見、天才と思える世界的な人気スターでも、それだけの努力をすることを目標としているのです。1週間、1ヵ月続けたからといって、何も変わるわけではない。どれだけ積み重ねることができたかで、結果が違ってくるのです」。
一つの分野において高い能力を備えると、より広い世界で、より高いレベルの活躍をすることができる。例えば、英語を使いこなすことで、これまで国内でしかできなかったことをグローバルに展開させ、同じように成功しているさまざまな人たちに出会い、より大きな経験をすることにつながるのだ。「外国語映画として初めてアメリカのアカデミー賞作品賞を受賞した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』については、アメリカで韓国映画のプロモーションを行なってきた女性プロデューサーの力が大きかったと言われています。広い世界に出ていくことで、それに伴う結果がついてくるのです」。
自ら大きな目標を立て、すでにそれに向かって努力を重ねている高校生もいると、茂木氏は紹介してくれた。「高校を終えたら1年間働いてお金を貯め、アメリカのコミュニティーカレッジに入学し、4年制大学に編入したいと夢を語ってくれた高校生がいました。日本に比べて医学部の学費が安く、しかも英語で授業が行なわれるハンガリーの大学に留学したい人、学費や生活費、渡航費までもカバーする奨学金を出すニューヨーク大学アブダビ校を目指す人など、今の日本にも、自分の力で夢をかなえたいと考えている高校生がたくさんいます」。
英語は、世界に出ていくための自分の武器。「どんなに磨いても、磨き過ぎるということはない」と教えてくれた。