シンガポールでは1月に新しい学校年度が始まる。プライマリースクールの3年生(日本の小学校3年生)に入る生徒たちにとっては、特に重要な年のように思えるかもしれない。
これは、生徒が初めて試験を受ける学年だ。
30年以上前に私が子どもだったとき、私たちはプライマリースクール1年生から始まって毎年2回試験があった。中間試験は5月にあり、年末試験が10~11月にあった。
2010年以降はしかし、すべての試験と成績の付く評価がプライマリースクール1年生に対して廃止となった。2019年にプライマリースクール2年生の生徒たちも、試験のない学校年度を過ごせるようになった。教育省が、成績に重点を置くことを減らしたいと考えていることを示すために、これらの決定をした。
教育省が同様にしたもう1つの変化がある:生徒たちの通知表は、階級やレベルの位置を反映するものでも、全体の得点を示すものでもなくなった。また。点数は小数点以下なしで四捨五入される。このことが子どもをその子の同級生と比較する傾向を減らしてくれることを願う。
シンガポールでは、親が子どもの学業成績を心配したり、こだわったりさえすることが一般的だ。3年生か4年生になるときに、「エンリッチメント・クラス」に行く子どもたちもいる。プライマリースクールに入るとすぐに、追加の授業を取る子どもたちもいる。
教員をしている私の友人は私に、たくさんの生徒たちが個人家庭教師を付けていると話した。高額な学習塾もまた、活況の商売をしているようだ。私は、入塾をしたい生徒たちに入試を実施する学習塾さえあると聞いたこともある。
このような競争的な環境の中で、生徒たち、親たち、教師たちにとってそれがどれだけストレスになるか想像するのは簡単だ。ストレスの要因―プライマリースクール6年生の卒業試験―が廃止されるべきだと求める人々がいるのも不思議ではない。これは全国標準試験で、点数はどのセカンダリースクールへ入るかを決める重要な決定要因になる。
多くの人々に聖域とみなされている卒業試験は残存している。しかし、おそらく、重要なのは試験の廃止ではなく、親がそれをどう捉えるかだ。
プライマリースクール1年生と2年生の試験の廃止に対して、自分の子どもたちに「家庭内試験」を与えることで対応した親たちもいる。比較的ストレスの少ない2年間の学校年度を子どもたちが楽しむことを喜んで許した親たちもいる。同じように、卒業試験に向けて子どもたちが勉強するところを見て指導するために、仕事を休む親たちもいれば、試験の結果は子どもたちの幸せと比べればそれほど重要ではないのだと子どもたちに言い聞かせる親たちもいる。
もちろん、社会的価値観の影響もある。私の望みは、やがて私たちがスキルと経験以上に学歴や他の資格証明書をを優先しなくなることだ。さらに重要なことには、私たちは失敗し、再チャレンジすることを許されるべきだ。それは、一度も失敗を経験したことがない人よりも、立ち直る力と強さを持つ性質を示すことにならないだろうか?