7月を振り返ると、私はアメリカのジョー・バイデン大統領の年齢にまつわる論争について書く準備が万端だった。バイデン大統領は、81歳であるにもかかわらず、再選に向けて立候補したいという意向を明らかにしていた。主要な民主党員の多くが彼に断念するように懇願したが、その考えを彼は拒否した。その後、7月20日にバイデン大統領はナンシー・ペロシ氏から電話を受けた。翌日、バイデン大統領は撤退した。今日のアメリカの政治で最もパワフルな女性であるペロシ氏自身は84歳だ。
ペロシというのは誰もが知る名前で、政界での数十年間に尊敬もされ、非難もされている。彼女は政治家の家庭で育ち、重要なのは票を数えることだということを早くに学んだ。5児の母であり、彼女は1987年にアメリカ連邦議会の議員に選出された。彼女は下院議長になった初の女性であり、議長に2回選ばれた。民主党における彼女の影響力は巨大である;4インチのヒールを履いたタフな戦士としての彼女の評判は伝説となっている。
効率的に資金を集め、恐れることなく話す人物として、彼女は静かに、両方の政党の議員から票を勝ち取った。2003年にジョージ・W・ブッシュ大統領にイラク侵攻を止めさせようとした彼女の試みは成功しなかったが、大量破壊兵器がなかったという事実は、彼女が正しかったということを証明した。バラク・オバマ大統領時代には、「オバマケア」(医療保険制度改革法)を可決させることで、数百万人のアメリカ人の医療制度を改善するための厳しい戦いに勝つ上で、彼女は重要な役割を果たした。
10年以上後に、彼女はインフラ包括法案と、気候変動や医療といった優先事項に関わる「インフレ抑制法案」を含む超党派の法制化を推進した。
ペロシ氏は、継続的にドナルド・トランプ氏を非難してきた。トランプ氏の当選後に彼と初めて会ったときに、ペロシ氏はトランプ氏に対抗した。彼は繰り返しの悪意のある侮辱的言動で仕返しをした。2020年の大統領選挙でトランプ氏が敗北したとき、彼はその選挙は盗まれたと主張した。彼の支持者たちが、2021年1月6日に国会議事堂を襲撃し、「ペロシ、ペロシ、我々はお前を攻撃しに行く!」と繰り返した。
彼女は下院議長として、彼女に反対する人からでさえもいつも票を勝ち取り、法案を可決させる人が誰もいなくてもまとまりを生み出すことができた。彼女は、党の重要事項に賛成票を得ることで、見込みがないとされるものを繰り返し救った。
彼女は連邦議会における女性の数を増やすことも助けた。1987年に、彼女は連邦議会のわずか26人の女性議員の1人だった。今年、女性議員の数は155人になっている。
バイデン大統領が撤退した主たる理由はナンシー・ペロシ氏ではないかと私は思っている。彼女はすぐに、新しい民主党の候補者としてカマラ・ハリス氏を支持した。そして、もしもハリス氏がトランプ氏を敗り、初の女性大統領になれば、ハリス氏は外柔内剛な在り方で自分の国のために戦う女性を手本にするだろう。